第8回
グラナダの想い出
スペインのグラナダには有名なアルハンブラ宮殿があります。
スペイン滞在中に一度は行きたいと思い、その時に暮していたセビリアからバスに乗りグラナダに向かった時がありました。
その時、知人の親戚のおじさんがグラナダに移住した話を聞いていたので、まずはそのおじさんの元を訪ねてみました。
その方は、とうに70歳を過ぎ、老後を過ごすべく単身でスペインへ渡り、グラナダを終の棲家として選び、独りで余生を過ごしていらっしゃいました。
丘の小高い、グラナダの景色が一望できる一軒家は独り暮しにはとうてい広すぎるように思えましたが、「人づてに色々な日本人がやってくるから寂しくないよ」、と嬉しそうに話していらっしゃいました。
グラナダは美しい情景がたくさんあり、風景画を描くにはとてもよい環境であるため、日本から画家を志す人が多く訪れているらしく、そのおじさんの家はそういった人達の常宿にもなっていたのです。
でも、宿代などは一切受け取らないため、その人達が心からのお礼をこめて家の修繕や片付けなど、おじさんが独りでは行き届かない雑用を請け負うなどをして一宿一飯の恩義をしていました。
初対面である私のことも、とても親切に迎えてくださり、おじさんは手作りの日本食を振舞ってくださいました。
グラナダの美しい景色を眺めながらテラスでいただいた久々の日本の味は格別で、心が和みました。
定年後を外国で暮すリタイアメント移住の場に、スペインを希望する日本人が多いと聞いたことがあります。
気候が良く過ごしやすく、環境も良く、スペイン人は明るく親切で人なつっこいので、悠々自適に老後を過ごすには適しているのかもしれません。
しかし、英語ほど馴染みのないスペイン語圏という、言葉の壁が難しい問題となるでしょう。
このおじさんはスペイン語を流暢に話すほどではありませんでしたが、近所の子どもたちに日本語を教えながら、日本の話しを聞かせたりして、積極的にコミュニケーションをとっていました。
そうやって色々な現地の人たちと関わっているうちに、心が通い合い、言葉も通じ合っていったのだそうです。
日本は高齢化が進んでいます。
そして、自分自身もやがて老後を迎える時がやってきます。
その時、グラナダで出会ったおじさんのように生き生きと悠々と過ごす意欲を持つことができたら、そしてそんな環境が日本にも存在することを願うばかりです。
話しはもどり、アルハンブラ宮殿に向かう時、おじさんがおにぎりを作って持たせてくれました。
憧れのアルハンブラ宮殿の中にある庭で、美しい景色を眺めながら、青い空の下で食べたおにぎりが最高に美味しかったことは生涯忘れられません。
そして、念願かなって訪れたアルハンブラ宮殿の思い出は、おじさんのおにぎりの味となりました。